2009年4月25日

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全学労連ニュース今号の内容

 全学労連全国代表者会議

 文科省による事務長制度化に抗議する!

 ワールド・ピース・ナウ 3・20集会に参加!

 議長 菅原 かみブログ

 

−全学労連全国代表者会議−

 去る3月21日、22日、全学労連は全国代表者会議を開催し、08年度の経過報告並びに09年度の運動方針等を決めた。議員要請行動も対象議員を広げ、秋の中央行動では全学労組と初の共催を行うなど、08年度も広範囲にわたる活動経過が報告された。また、今後の活動方針では、コンピュータ合理化への新たな取り組みや、全国へ波及しつつある「共同実施」問題、さらには省令事務長など、学校や学校事務に関する諸課題において、多岐にわたる議論が交わされた。

2009年度 全学労連 運動方針大綱

1、はじめに(情勢にかえて)

 米国大統領が好戦派のブッシュからオバマに変わり、一見世界平和への兆しが見えて来たかに捉えられているが、サブプライムローンの破綻に端を発した「世界同時不況」は、金融機関の倒産だけに留まらず、自動車産業を始めとする基幹産業の生産中止や工場閉鎖に繋がり、資本家達を慌てさせている。

 また、昨年暮れからイスラエルがガザ地区に侵攻し、世界からの批判に耳を貸さず多くの無垢の市民を殺戮している。オバマもまたアフガンへの増兵を宣言した。

 資本家達にとって経済不況を最も手っ取り早く解決する方法は、過去にもあったように戦争特需だ。今また、世界戦争への危機が増大している。


 国内では、新自由主義・市場原理主義に基づく「小泉改革」「規制緩和」が、多くの差別と格差の拡大を生んできた事が、ようやく社会問題と成りつつあった矢先、先にふれた「世界同時不況」は、就職内定の取り消しに始まり、派遣打ち切り、雇い止めと続き、正規職員の解雇まで及んでいる。その間、資本家・企業家のモラルの無さと、政治家の無能無策振りが明らかになるばかりで、首を切られた労働者は生存権の危機に瀕している。

 また、地方自治体でも、小泉の「三位一体改革」による歳入の落ち込みに加えて、長引く不況による税収減が自治体財政を困窮させ、多くの首長は、先の資本家・企業家あるいは国の政治家と同様に公務員労働者の賃金を赤字補填に注入し、福祉と教育を切り下げる事に腐心している。

 国会では、麻生内閣のお粗末さが連続して露呈し、政権交代への動きが加速しているが、仮に民主党側に政権が移っても基本的構造は変わらないだろう。


 教育の場にとっても先の状況は、大きく暗い影を落としている。都市と地方の格差、自治体の財政力の格差、親の経済力の格差が拡大し、それらが直接教育条件の格差に繋がっている。学校に働く労働者も子ども達も追い立てられ、競争に投げ込まれ疲弊している。そして経済効率のみを追求する「教育の民営化」や、学力偏重の「教育改革」は、ますます加速するだろう。

 また、教育基本法の改悪、関連の教育三法の改悪は、「国家主義教育」への道を開いてしまった。

 しかし、私たちは決して目を曇らせることなく、また諦めることなく、新自由主義による偽りの「改革」を批判し、「国家主義教育」の実体化を許さず、その対極にある共生と反差別の社会を目指して行かねばならない。


 学校事務労働者を巡る状況で今最も重要な闘いは「共同実施」反対の闘いだ。秋田・群馬に続き青森でも全県実施が明らかになった。加えて、文科省は、「共同実施」とリンクさせ、「学校教育法施行規則」に「事務長」を盛り込んだ改正を行おうとしている。全事研を始めとする推進派は色めき立ち、文科省へのパブリックコメントに賛成意見の総動員をしている。

 私たちは、「共同実施」が、事務職員定数の削減や臨時職員への置き換え、アウトソーシングを許す条件を作り、「事務長制」が事務職員の世界に差別と格差の拡大を生むものとして、徹底的に批判し闘って行かねばならない。

2、学校事務職員の制度解体・廃職攻撃に対抗する闘い

 先にも述べたように私たちを巡る状況は、学校事務職員の制度解体、廃職へも繋がる大きな危険性を孕んでいる。私たちは、制度解体・廃職攻撃に荷担する全事研や日教組事務職員部の一部幹部と、多くの学校事務職員との間に分け入り、多くの学校事務職員の利害を代表する闘いを、全学労連としてポスト国庫状況からの新たな全国闘争として構築しなければならない。

3、賃金改善の闘い

 給与構造の改悪は、職務職階制の給与体系の中でも、賃金格差を少なくする「ワタリ制」を無くし、「職務給」の考えは、学校事務職員にとっては3級の枠の中に生涯押し止めようとするものだ。また、人事考課制度の導入は、勤勉手当や昇給に勤務査定が反映され、ただでさえ抑制された賃金の中に、更に格差を持ち込むものである。これらの動きは、客観的な平等主義から恣意的な差別主義への移行であり、労働者を不毛な競争と差別賃金へと投げ入れるものだ。

 格差拡大、差別賃金導入を阻止するための各県での取り組みが重要だ。

4、諸課題について

(定数改善)

 04年度の総額裁量制導入以降多くの都道府県では、学校事務職員配置は標準定数法を下回り、逆に教員は殆どの都道府県で定数を上回り、結果的には事務職員定数が教員に「喰われる定数」となっている。特に要準加配は、東京、大阪等殆ど守られていない実態があり、標準定数法の遵守を強く求めて行かねばならない。

(事務室設置)

(教育の国家統制反対)

(反戦平和)

(交渉・申し入れ等)

(調査・研究等)

(共同闘争)

5、反コンピュータ合理化について

6、支援・連帯について

7、全国学校事務労働者交流集会について

8、組織強化・拡大について

09全学労連スローガン

 

文科省による事務長制度化に抗議する!
各地で「事務長イラナイ、置かせない」の声を上げよう

 文科省は学校教育法施行規則を改定し、今年4月1日から小・中学校に「事務長」をおくことが出来るようにする省令を定めた。全学労連はこの事に強く抗議するとともに、文科省の意を受けて各都道府県及び政令市で「事務長」が制度化される事に対する反対の取り組みを全国の仲間に訴える。

 すでに何回かこの紙面で報じてきたが、文科省は学校教育法施行規則に事務長制を盛り込むべく、パブリックコメント(意見公募手続)を実施し、あたかも皆の意見を集約して施策を実施するかのような体裁を取り繕おうとしてきた。しかし長年文科省との交渉の実績を積み上げている全学労連との話し合いは拒否した。そして3月26日省令を発し、直ちに都道府県に通知すると同時にパブリックコメントの結果を発表した。それによると、寄せられた424件の意見を趣旨別に47にまとめて、それぞれに「文部科学省の考え方」が付けられる。どうやら「パブリックコメント」とは文科省の意見を宣伝することだったらしい。

 別な見方をすると「何と言われようと文科省の考えは変えないぞ」という決意の表れのようにも読めるが、それほど「事務長」について深い信念が有るとも思えない。変更された学校教育法施行規則には「事務長は、校長の監督を受け、事務職員その他の職員が行う事務を総括し、その他事務をつかさどる」とある。以前から在った「事務主任」の規程も事務職員なら全てが該当してしまう妙なものだったが、それに「事務職員その他の職員が行う事務を総括し、その他…」という文言を付け足しただけだ。そのことから察して「その他の職員」や「事務を総括」が「事務長」の特質を表現する言葉なのだろうが、何を言っているのかよく判らない。

 「文部科学省の考え方」から読み取ってみると、「学校に事務職員が1名のみ配置されている学校の場合も、事務職員以外に配置されている教職員が行う事務を事務長として総括することは想定され」るし、新たに付け足された文言は「事務長が、事務職員など教職員がおこなう事務を総括し、この総括することを含め当該学校の事務をつかさどることを意味」しているそうだ。ここでは事務長は所属する学校の事務全般を取り仕切るのが仕事であると読める。ならば「共同実施」とは無関係かというと、「共同実施組織が置かれる場合には、共同実施組織を構成する各学校を兼務する事務長としての発令を受け、共同実施組織の長としての役割を担うことが想定されます」と共同実施組織の長としての役割を期待される。自らの地位向上のために「事務長」に憧れ共同実施を利用する輩には垂涎の言葉かもしれない。

 しかし文科省はその期待ほどには確信が乏しい。「(総括は)取りまとめるといった趣旨であり、指示命令を行うという意味ではありません」とか、「事務長がいわゆる「管理職」に当たるか否かは一義的に定まるものではなく、事務長の具体的な職務権限を教育委員会等がどのように決定するかによるもの」、「事務長の設置の有無や設置する場合の職務内容は、教育委員会等において、学校や地域の状況を踏まえて適切に決めること」と管理職か否かや、その職務権限はおろか設置の有無までも「教育委員会等」とやらに丸投げして、文科省は責任を逃れている

 要するに、とりあえず(全事研などの)一部の要望を聞いて「事務長」を制度化してみました。うまくいけば文科省の功績ですが、失敗しても設置を決めた「教育委員会等」の責任ですよと言っているのだ。過去の「教育改革」の責任を隠蔽し、ただひたすら闇雲に「前向きな」施策だけを垂れ流してきた文科省らしい対応ではないか。

 無責任で曖昧な施策はそれぞれの志向性や立場による無限の解釈をもたらす。我々はこの規則改定によりますます事務職員の混迷が深まることを危惧する。だからこそこの規則改定と文科省の無責任さに抗議する。同時に、当の文科省が「教育委員会等」が決めることと言うのだから、各地で「事務長イラナイ、置かせない」の声を上げていくことを全国の仲間に訴える。

 文科省には下記の質問書を送っている。今後の動向に注目だ。

2009年4月22日

文部科学大臣 様

全国学校事務労働組合連絡会議 議長 菅原 孝

学校教育法施行規則改定による事務長設置に関する質問について

 本年3月26日付けの文部科学省令第5号により改定された学校教育法施行規則に関して、下記の諸点の質問をしますのでお答えください。

1 規則の改定について

(1) 今回新たに事務職員の中から事務を「総括」する役職を定めねばならなかった理由は何か。

(2) 既に地域により教育委員会等の判断により配置されている事務長があるが、それと今回規則の改定により定められた事務長との違いは何か。

2 事務長の役割について

(1) 事務長が「総括」する事務とは、どのような範囲のどのような内容の事務を想定しているのか。

(2) 事務長に「総括」される事務を行う「事務職員その他の職員」とはどういう職員を想定しているのか。

(3) 「『総括』は、取りまとめるといった趣旨であり…」というが、その程度の意味なら、少人数配置の学校事務職員であれば、職場内外の様々な取りまとめは仕事上欠かせないことである。それとは違う何か特別なものを事務長の「取りまとめ」に想定しているのか。

3 その他関連する事項について

(1) 事務長の設置の有無や職務内容は教育委員会等が判断することというが、文部科学省は今後事務長設置の働きかけはしないのか。

(2) 今後事務長の配置に伴う給与費等の増額が生じた場合、文部科学省はそれに対応した国庫負担金等の予算措置をするのか。

(3) 事務長が共同実施組織の長としての役割を担うことも想定しているようだが、その場合「校長の監督を受け当該学校の事務をつかさどる」事務長の直接の管理責任者をどう想定しているのか。

 

イラク・アフガン・パレスチナに平和を
ワールド・ピース・ナウ 3・20集会に600名参加!

学労と日教組が同じ集会に!?

学労と日教組が同じ集会に!?

 3月20日、中央区の坂本町公園において、ワールド・ピース・ナウ3・20集会が600名を結集して開かれた。昨年12月以降のイスラエルのパレスチナ・ガザ地区への武力攻撃により1,300名ものパレスチナ市民の犠牲者が出たことから、今集会は「イラク・アフガン・パレスチナに平和を」と題して行われた。集会は「日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)」の大嶋さんより、イラクにおける米軍の劣化ウラン弾の使用による放射能汚染で小児ガンや先天性異常が多発し、医療施設の崩壊から、日本で助かる子どもたちも命を落としている現状が話された。

 「ガザに光を!実行委員会」の構成団体である日本国際ボランティアセンター(JVC)のパレスチナ事業担当の藤原さんは、イスラエルの武器はすべてアメリカ製で、パレスチナ側とは圧倒的な差があること、紛争の発端はイスラエルのガザ地区に対する兵糧封鎖にあることなどが報告された。また、1〜2月にガザ地区を取材したジャーナリストの志葉玲さんは、ガザ地区の市街の崩壊や、病院に人を集めてそこを攻撃するイスラエル軍の横暴を語った。アフガニスタンについては、JVCの現地代表の長谷部さんが、米軍侵攻以降最悪の事態となっていること、アメリカのオバマは2011年にイラクから撤退するが、アフガニスタンには1万7千名もの増派を決定していて泥沼の状況に陥ると報告した。米国人の日本語詩人のアーサー・ビナードさんは詩を朗読し平和を訴えた。最後に横須賀原子力空母反対運動の小原さんが東京湾に原潜が常駐していて、そこから空爆機がイランをはじめとする戦争地域に向けて発進していること、それはこの国が戦争に加担していることに他ならないと訴えかけた。

 ピースパレード(デモ)は、プラカードや旗など色とりどりに掲げて、公園→東京駅→数寄屋橋→東京電力前→日比谷公園まで行われて流れ解散となった。

 私たち全学労連は沖縄・埼玉・東京・神奈川の仲間とともに参加し、最後まで行動を貫徹した。参加者は減ってはきているが、反戦・平和を訴えることは非常に重要性を増している。決してあきらめず、イラク・アフガン・パレスチナの平和が日本の平和に直結していることを忘れずにいたいと思う。武力で平和は作れない!のだ。

 

議長 菅原 かみブログ

 新しい職場は、プレハブ校舎。校舎建設の音に負けない大声のミソサザイが聞こえています。皆さん、いかがお過ごしですか。

○ 私色の事務室

 新しい職場は、780人以上の生徒を抱えた中学校。それだけで仕事は倍になっているはずです。通勤時間もおおよそ倍になり、賃金以上に働いている毎回です。その分をどこかで取り返したい。

 転勤すると年度始めの仕事をしながら、事務室の模様替えをするのが長年の習性になっています。今回の転勤でもそれを4月の大事な作業と思っていたのですが、プレハブ事務室のため、思うようにはいきません。それでも昨年度分書類のファイルをしながら、机の上には何も置かないように片付けました。消耗品戸棚も一度全部出してみて、並べ替えをしました。

 そんなこんなで漸く「私色の事務室」になってきたようです。

○ 文科省令「事務長」の怪

 3月末に「事務長」文科省令が出ました。唐突な省令改正です。急なパブリックコメント募集の際も、何故改正が必要なのかも明確にはされていませんでした。中教審で議論されたことぐらいが書いてありました。「事務長」にすると学校事務がどのように変わり、学校・教育の何がよくなるのかさっぱり分かりません。

 以前から小中学校には「事務主任を置くことができる」とされていましたが、それが現実だったところは少数派です。さらにそのことが何をもたらしていたのか(良くも悪くも)の総括がまったく無しに、「事務長」を言い出すとは、さっぱり意味が分かりません。

○ 事務職員の労働条件改善にはつながらない

 義務教育費国庫負担金制度改悪の策動は「事務職員・栄養職員はずし」から始まりました。だからこそ全国の学校事務職員は「自らの労働条件を守れ」とたたかいに決起したのです。その後1/2→1/3の決着の後、文科省は「共同実施」を以前より大きく取り上げるようになりました。「共同実施」が学校事務職員の労働粂件改善につながっていないのは、既成の事実です。その上、学校職員(教員も含めて)の多忙化対策に役に立っていないのは文科省さえ認めていることです。(役に立っていることを証明しようと、無理やりでアンケートするしまつ。)

 その上の「事務長」です。直感で、「事務職員賃金格差が広がる」ことは誰しも分かることでしょう。公務員賃金削減攻撃(級別定員管理強化など)が強まる中で、事務長以外の学校事務職員の賃金に悪影響を及ぼすことが懸念されます。一握りの人間が事務長になって、仮に賃金改善があったとしても(あまり期待できませんが)、その他の人々は低位級に押しとどめられるのが心配です。

○ 「事務長」バッチを着けてれば

 日教組事務職員部と全事研が「事務長要求」をしていたのは旧知の事実です。彼らは「肩書き」が本当に欲しいのでしょう。他人を蹴落としてまでも欲しい「肩書き」とは何なのか。それがないと学校で仕事がしにくいのだろうか。だったら勝手に「事務長バッチ」でも着けてればいいのに。

 それより「私色の事務室」の方が快適です。私の事務室を見に来てください。


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